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つずく節電コマーシャル、ほこかたてか??? [エッセイ、photo]

炎ー1.jpg
深夜テレビを見ているとよく関西方面の電力会社の節電お願い放映が目につく。
それと並行するかのように電気自動車コマーシャル合戦が目に入る。
まるで今流行のほこたて戦争のようだ。
以前電力会社に尋ねたことがある。
行政の再稼働の許可が下りないからだということだった。
だから一般家庭に暖房の節電をお願いしているという答えだった。
しかし昔関東で企業にお願いしたり繁華街のネオンが少なくなったりしたことがある。
関西では商売に関係のない一般家庭に暖房節電のお願いと同時に、電気垂れ流しの自動車販売お願いである。
物にはいろいろな考え方があるので一概には言えないと思うのだが
なにもこんな時期にインフルエンザにかかり咳をしながら車を買い替えなくてもいいのではないかとも思える(極論ではあるが)。
これでは感染症感染覚悟で暖房を節約して無駄な自動車を借って電気を垂れ流してくれと言っているように聞こえなくもない。
粋な関東企業、そろばんの関西企業。
これも土地柄だろうか?????

 [エッセイ、水彩画]

宮島.jpg
ここ数日よく目にしたり耳にする消費増税ニュース
現総理大臣の野党反対案に対する打開案。
私はこれまで何かを手に入れれば何かを失う、何か犠牲を払えば何か身に着く、所詮人生はプラスマイナスゼロ、そう信じて生きてきた。
この打開案、我が肉を削るからその削った部分に肉(増税という)を貼り付けさせてくれと言っているように私には聞こえた。
昔話を思い出した、何年か前起きた阪神大震災。
その時、地元の暴力団の親分が組員の妻を炊き出しに駆りだしたという、
詳しい話はしらないがもちろん食材は持ち込みだろうと思う(想像だが)。
その時私はそれが仮に偽善だったとしても震災にあった人々にとってはありがたかっただろうと思った。
話を戻すとこの増税分は全額社会保障にあてるという。
社会保障と言えば私には数十年前国が国民にした約束を今果たすと言っているように聞こえる。
これを数年前の神戸の話と一緒にするのは間違いかもしれないが、
現総理大臣に今までの政治家に感じなかったすがすがしい風を感じた。

冬の月 [エッセイ,短歌]

moon 2.jpg
見あげれば 夜空に浮かぶ 満月に
              願いし想い 悲しく映る
ふらふらと月の光に誘われて見あげれば澄んだ夜空におとぎの世界。
時は逆に流れていつしか子供の夢を写しだす。
月にすむというウサギは餅をつき、空にはかぐや姫の行列が月に帰ってゆく。
立ち止まり見あげる夜空にひと時の童話の世界。
流れる時は光と闇の織り成す人生模様。

不思議の国のファンタジー [エッセイ]

moon light.jpg
朝食代わりに近所の回転寿司に出かけた。
三皿ほど食べて店を出ようとしたt時、ふとカゥンターの貼り紙に目がとまった。
それは今話題の義援金を参千二百万円寄付したという内容だった。
いち食べ物チェーン店で参千万円なら全国では莫大な金額が集まっただろうと驚いた。
しかし不思議に思った。
善意の寄付のはずの義援金が困っているはずの地域、あるいは人々のどういった支援に使われているというような内容の報道はただの一度も聞いたことがなかった。
逆に貯蓄を切り崩し生活をしているがもう底をついて途方に暮れているといったような内容はよく耳にした。
ほんの数ヶ月前よく覚えていないがある国に同じような被害が起きた。
我が国の外務省は間髪をいれず支援金を送ると発表した。
よいことだろうとは思うのだが釈然としない、なぜ外国に対しては迅速に対応できて自国にはできないのかどうしても疑問が起きる。
国会で何百人もいる先生の意見がまとまらないので予算が決まらないので予算が取れないかららしい。
しかし素人の私には外務省で国会抜きですっと決まるのなら内務省ですっと被災地の支援が出来そうに思える(よく解らないけど)。

たった一つの言葉、「約束」 [エッセイ、photo]

約束.jpg
いつの頃からだろう、政治の世界に「赤字」とか「黒字」という言葉が頻繁に使われるようになったのは?
ふと気がつけば少子高齢化、医療の赤字、年金の赤字という言葉を頻繁に目にしたり耳にするようになりなぜか違和感を感じた。
確かに一般家庭でも家計簿をつける、その際赤字、黒字という考え方が基本理論となる。
年度初めに決めた数字も赤字になったり黒字になったりするだろう、それは理解できる。
しかし基本的な考え方が違うような気がする。
終戦直後金の卵ともてはやされた圧倒的大多数の人々も、現在は少子高齢化の政治課題となっている。
しかし老後の不安を政府が保証するのではなくみんなで助け合いましょうというのが相互扶助の理論。
この理論に基ずいて年金あるいは保険料を徴収してきた。
現在は子供が少なく収入が少なくなるので払いにくいということらしい、よくは知らないが?
解りやすく言えば民間の保険会社が死亡の時に困らないようにとすすめた加入も、支払時には加入者が少なく支払いが難しいと言っていることになる。
その前に、した「約束」は守らなければいけない、 簡単なことだと私は思う。

激動の時代を包む光と影 [エッセイ、水彩画]

闇ー1.jpg
カルキメデスの板という言葉がある。
遭難船が漂流している。
その傍に浮いている一枚の板。
捕まれば一人くらいなら助かる、しかしその傍には二人の遭難者が漂流している。
そんな時他人を沈めて板に捕まり助かったとしても刑法上罪を問えない。
緊急避難である。
では正当防衛とどう違うのか?
よく法曹界で論議される。
勿論故意にそんな状態を作ればいずれも殺人に使うこともできるかもしれない。
いずれにしても法廷で争われややこしいことになる。
今から四十年程前(昭和47年)。
長崎県にある男がいた。
その男の名前は荒木虎美。
男は車にかなずちを用意し、港の岸壁から深夜の海に飛び込んだ。
車には子供と妻が乗っていた。
妻は再婚で子供は妻のつれ子だったとい。
再婚時、子供が好きなので多いほどいいと言っていたという。
いずれにしても真意は本人にしかわからないが、結果論男は助かり妻子は死んだ。
そして男は保険金三億円を請求してあっという間に警察に捕まった。
当時保険業界は高度経済成長時代の社会を反映し弱肉強食の世界の頂点に君臨していた。
なにしろ各都市の駅周辺の大きなビルは銀行か保険会社だといわれていたくらいである。
そして警察の調べが始まり、その男についた異名が「人間テープレコーダー」。

負の連鎖 [エッセイ、photo]

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昭和四十年代の夜のネオン街・・・
若者は洋酒喫茶に酔い、年配客は演歌師のギター伴奏に酔いしれる。
クラブではピアノの生伴奏、キャバレーでは連夜オーケストラの生バンドをバックに芸能人の歌謡ショーが開かれていた。
そんな時代にカラオケ
どうもピンとこない。
そんなカラオケのリース、販売会社に代表者の名義を貸した私の友人。
その会社の経営者が元暴力団の幹部だったからたまらない。
手形で機械を仕入れては山陰のほうでダンピング、そして手形は不渡り。
あっという間にメーカーから横領で告訴された。
その被害金額はどこそこに何千万、どこそこに何千万とその額は億という単位だったと聞く。
私の友人(?)がどこまで関与していたのかは私は知らないし興味もなかった。
しかし私には私の付き合いがあり、とんだとばっちりを受けてゆくことになった。

滅びのプロローグ [エッセイ、水彩画]

滅びのプロローグ.jpg
東洋のある島国に地震が起きた。
それにより誘発された津波による原子力発電所の水素爆発と放射能汚染。
汚染された土地と海・・・
世界中は恐怖した。
その国の食物は売れずある国などは観光旅行を法律で禁止した。
世界中のメディアはその国の人々の落ち着きのある行動に感心すると、報道し笑っていた。
ここまではリアルである。
これからはロマンの世界・・・・・古より語り伝えられてきた神々の世界。
神話の世界では幾度か神は人類の消滅を試みたと伝えられている。
ノアの方舟伝説、モーゼの十戒
神話の世界による神の怒りは津波に火柱。
滅びのステップ、現代は?????

夜のおとぎ話 [エッセイ、水彩画]

>night story.jpg

車を走らせる隣にはクラブのママが座っている。
店の集金周りである。
ごく普通の何処にでもあるありふれた光景だった。
違っていたのはそのママが常連の金融会社社長と駆け落ち蒸発中だったことと、その社長も会社を蒸発しスポンサーから捜索されていたことだった。
そして車を運転中の私は夜は店を守るようパトロンから任され、昼はその金融会社でアルバイトをしていた。
とある地方都市の夜のおとぎ話である(あくまでもおとぎ話フィクション、念のため)。
急に業界でもやり手で有名だったママが不在になったことで店の中はパトロン派とママ派に分かれ、真っ二つの派閥争い。
女の争いは熾烈である、私はどちらにも色を見せず一人漂っていた。
本音は居なくなったママより経営者の手前はっきりさせたかったのだが、地方から流れてきた私をかわいがり引き立ててくれた元ママに対する恩義をみんなが知っていたので急に手のひらを返すような態度をとったのでは私の人柄に疑問を持たれてしまうう。
結局みんなに好かれ反面皆に嫌われた。
ある意味みんなに頼られある意味ではみんなに裏切り者扱いされながら釣り糸のもつれたような日々を送っていた。

強さの秘密 [エッセイ、水彩画]

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劇場映画「明日のジョー」が封切り上映された。
二十数年ぶりに劇場に足を運んでみた。
劇場の暗さに目が慣れたころ周りを見渡した。
大雪のせいか空席もあったが周りは女の子ばかり、主演を演じている山下智久の影響だろう。
主演の山下智久はドラマや映画で「クロサギ」という役を演じていた。
スクリーンの中には正にクロサギがいた。
静と動、静のクロサギ動のジョー。
頭と言葉で戦うクロサギ、こぶしで戦うジョー、イメージをだぶらしながら山下がいた。
本格ボクシング映画らしくボクシングの醍醐味が全編にあふれていた。
ボクシング映画と言うと多少ジャンルが違う気もするが「ラブファイト」を思い出す。
幼稚園生のような女の子が男の子数人を相手に大喧嘩をしている。
すべてはそこから始まった。
そして後に自分の所属しているジムの会長が八百長スパーリングでいたぶられているのを見て思わずリングに飛び出しファイティングポーズをとるシーン。
この二つの場面がまぶたに焼き付く。
弱い者がいじめられているのをみると思わず反応してしまう、人を思いやる優しさ。
そしてそれを実行するための不普段の努力。
私はこの二つのシーンに強さの秘密を見たような気がした。
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